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SPECIAL~特集
特集2.進化の本当の意味(上)  進歩と進化 談 河田雅圭

ダーウィン進化論は現在でも批判が再生産されています。かつてダーウィン進化論は社会ダーウィニズムや、優生学という誤った考え方を生んでしまいました。新しい進化生物学は、どのような生物観、ひいては人間観を生み出していくのでしょうか。ダーウィン進化論の基本的な視点も含めて、東北大学教授の河田雅圭さんにお話をお伺いしました。

ダーウィンは進化を進歩の意味で使っていない

 ダーウィン(1809〜82)は、『種の起源』などの中で、必ずしもエボリューション(進化)という言葉を進歩という意味で使っているわけではありません。生物の高等、下等という区別もはっきりしているわけではありません。
 そもそも、エボリューション(進化)という言葉は、ダーウィンが最初に使ったわけではありません。進化という言葉は、生物学では、動物の子宮の中で受精卵が次第に複雑な生物体へと成長する過程、胚の成長を指す言葉として最初に使われました。
 ところが、進化という言葉の普及に一役かった19世紀イギリスの社会学者ハーバート・スペンサー(1820〜1903)は、進化を、下等な形から、高等な形に生物が進化するという前進的な意味として使いました。このため、進化という言葉は前進的な変化、進歩に近い概念とみなされるようになったのかもしれません。

ラマルクの進化観

 もともと、ダーウィン以前には、生物の系列の低いものは高いものへと徐々に変化していくという解釈もありました。生物はあらかじめ決められた目標、つまり単一の系列の一番上に位置する「人」に向かって、前進的に変化するという考え方です。ただし、種が変化するといっても、神によって決められた方向に変化するという、キリスト教による進化観です。
 ダーウィンよりほぼ半世紀前のフランスの博物学者ラマルクは、生物は下等な生物から最も複雑な、高等な生物に連なっており、生物は下等なものからだんだんと高等なものへ変化してきたものと考えました。
 ラマルクは、現在複雑な構造をもつ生物はより昔に生じ、単純な生物はごく最近生じたため、まだ複雑なものに変化していないのだととらえていたのです。言いかえれば、ダーウィンのように生物は一つの共通の祖先から現在の多様な生物に変化していったと考えたのではなく、絶えず別々の種類のものが自然発生していると考えたのです。

適者生存の誤解

 進化を前進、進歩、あるいは「下等」から「高等」への変化とみなした極端な形が、弱い者、劣る者は淘汰されてよりよい社会ができるという、いわゆる社会ダーウィニズムと呼ばれる思想ですが、これは実はダーウィンではなく、ラマルクの発想が元になっています。スペンサーらの提唱した社会ダーウィニズムのように、「社会の進歩のために」進化論的倫理を用いる上では、ラマルキズムの方が有用だったのでしょう。遺伝的に優れたものだけを残すべきだという優生学も、同様です。優生学という言葉は、ダーウィンの従兄弟で、優生学研究所を設立したイギリスの遺伝学者ゴルトン(1822〜1911)が初めて使ったといわれています。
 また、19世紀の終りにスペンサーの思想が衰えると、国家間の闘争や人種間の闘争というナショナリズムの思想に、「最適者生存」という言葉が使われるようになります。強い国家が弱い国を支配するとか、優秀な人種が他の人種を圧倒するのは当然である、といった思想が主張されたのです。
 そこでは個人の競争という概念はなくなり、個人は国に奉仕するものとみなされ、個体の変化を重要視する進化理論としての自然選択説とは完全に異質なものになってしまったのです。
 適者生存、最適者生存という言葉が一般的になりすぎて、「適応した個体が生き残るイコール自然選択のプロセス」と思いこんだり、「環境に少しでも適した個体は生き残るが、適さない個体はしだいに滅亡に向かう」と理解したりしている人も未だに多いようです。こうした誤解が、また進化論への感情的な反発にもつながっているかもしれません。
 適応していることが自然選択を作用させる原因と考えるのは誤りです。適応とは、むしろ結果であり、ある性質の状態を記述する言葉にすぎないのです。
 現在、個体の生存や繁殖の効率を高めているという機能が自然選択の働く原因になったわけではなく、その機能の個体の間の差が生存、繁殖率の差につながるとき、自然選択は働き、より生存や繁殖を向上させる機能が現在、獲得されていると考えるべきなのです。
 ダーウィンは比喩として、適者生存を使ったのです。実際の自然選択の過程は、それほど単純なものではありません。<2003.01>

(つづく)

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