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ヒトの尻尾と適応進化
 
ヒトは尾椎と呼ばれる骨をもっているが、これはいわゆる尻尾の痕跡で、現在、この骨は何の役にも立っていない。この骨の数には個体差があり、三個の人もいれば、六個の人もいる。このように個体の生存や繁殖に関係していない性質は、その生物に害を与えなければ、長い間失われないで保存されることがある。
 また、セグロカモメの雛は、親のくちばしの先端にある赤い斑点をつつき、その刺激により、親は餌を吐き出し、雛に与える。もしこの赤い斑点が黄色い斑点であれば、雛はくちばしをつつくことがなく、雛はタイミングよく餌をもらえないかもしれない。しかし、赤い斑点の形が丸から四角に変わっても、雛にここをつつかせて餌を与えるという機能は変わらないかもしれない。この斑点が同じ機能を果たしているかぎり、その形は丸から四角、四角から不定形へと変化しても、雛の生存に与える影響は変わらないだろう。
 ヒトの尾椎の数の変化のように、役に立ったり害になったりするようなことのない性質の変化、あるいはセグロカモメの斑点のように、同じ機能を果たす範囲内の形の変化といった進化を、前述の適応進化に対して「非適応進化」という。
 進化によって個体の性質は変化していくが、その変化は個体の生存や繁殖をより効率よくすることもあるし(適応進化)、そうでない場合もある(非適応進化)。進化の方向は、必ず生物の機能を高める方向とはかぎらないし、生物の形は、単純なものから複雑なものへと変化するとはかぎらないのである。

「種」とは何か
 
さて、進化考えるうえで問題になるのが、「種」という概念である。では一体、種とは何だろうか?進化において種というものは、何か役割を果たしているのだろうか。
 くちばしの長さに関する遺伝子aが遺伝子Aに変化するのは、実際に「遺伝子」が変化している。また、個体のくちばしの長さが変化するということも、「個体の性質」そのものが変化しているといえる。それでは、たとえば、ガラパゴスフィンチの祖先の種からオオガラパゴスフィンチという種ができる変化は、「種」自体が変化しているといえるのだろうか。
 生物の種をどのように定義すればよいのかは、ずっと問題にされてきた。現在でも、意見が一致しているとはいえない。しかし、もっともよく使われる定義は、お互いに交配して子どもが残せる可能性(繁殖可能性)のある集団を、生物学的種概念とみなすものである。この本では、この生物学的種概念をとりあえず「種」として扱うことにしよう。
 ただ実際には、種は何らかの形態的な特徴で分類されることが多い。というのも、種にはまず、地球上の様々な生物を何か特定の「グループ」に分類する、という目的があるからだ。生物を分類するには、同じ形態をもつかどうかというような、一つの基準を決めればよい。交配して子どもが残せるかどうかを確かめることは、現実上不可能な場合があり、形態を用いて分類するのが便宜上は有効だ。しかし、種という単位を、形態による分類を用いたうえで、同時に進化に関わっている単位として定義しようとすると、大きな問題が生じてくる。
コラム「種とはなにか」

「種」は進化しない
 
それでは、進化と種の関係をどう考えればよいだろうか。
 ハシボソガラパゴスフィンチをみてみると、ピンタ島の集団とサンタクルス島の集団は、潜在的に互いに繁殖する可能性はある。しかし実際には、ピンタ島では小さいサイズに、サンタクルス島では大きいサイズにと、独立に進化している。この場合は、ピンタ島やサンタクルス島という地域繁殖集団や「実質的遺伝子交流集団」の中で、サイズという個体の性質が変化し、進化が起こっている。その個体の変化にともなって、それが属する集団が、違った性質を持つ集団へと別々に進化しているのである。
 個体の変化の結果として、ある集団と別の集団の個体の形態が、類似したり異なったりしてくる。さらに、ある集団の個体と別の集団の個体では、子どもを残せる可能性が残っているかもしれないし、すでに子どもを残せないほど違っているかもしれない。いずれにしても、実際に進化したり、進化に関わっているのは、遺伝子、個体、繁殖集団あるいは実質的遺伝子交流集団などであり、その結果として、生物学的種概念による「種」(潜在的に繁殖可能な集団)や形態の類似性で分類した「種」が生じる。つまり、種自体が変化し、進化しているわけではないのだ。
 もちろん、種を地域繁殖集団あるいは実質的遺伝子交流集団として定義すれば、その「種」は、それ自体が進化する集団の単位となる。しかし、その定義によって生物を分類し整理しようとすると、兄弟が別々の種に属するというようなことも生じたりして、その定義を分類に使うことは不都合になるだろう。
 種は分類のための単位としては有効は概念であるが、進化に変わる集団として用いるには不適切なのだ。何を種として定義しているのか、また、実際に種として扱っている集団がどのような集団なのかを、はっきりとさせておかないと混乱が生じる。五章で述べるように、実際には形態で分類した生物集団を扱っていながら、それがあたかも生物学的種概念による種、あるいは進化している集団として考察している、ということがある。進化に関する論議では、このような場合が意外に多く、進化理論の論議を誤った方向に導いている結果になっているので、注意したい。

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