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第三章 自然選択と適応進化

1―自然選択とは何か

雨が降るとくちばしが高くなる!?
 ダーウィンフィンチ類の研究は以前から行われてきているが、最近になってプリンストン大学のグラントらによって、その生態や進化について多くのことが明らかになってきた。ここでは、そのうちオオサボテンフィンチのくちばしの形の進化を例に、自然選択がいかに働いているかをみてみよう。
 ヘノベサ島に生息するオオサボテンフィンチの、くちばしの長さは約一二・五ミリから一七ミリまで、高さは九ミリから一二ミリまでのものがある。くちばしの長さや高さは、その個体が何を食べ物にしているかということと関係があるようだ。
 彼らの食べ物は個体によって異なり、サボテンの実を割って種子の表面の種衣を食べる個体は、他の個体より長いくちばしをもっている。さらにその中でも大きくて硬い種子を割るのは、長くて高いくちばしをもった個体である。また、木の皮をはいで中に隠れている昆虫の幼虫やクモなどを食べる個体は、より高いくちばしをもっている。
 サボテンの花の中にある果実の種子を食べるためには、くちばしは長いほうが都合がよい。逆に木の皮をはいだり、硬い種子を割るためには、上下に力をかけやすい高いくちばしがよいだろう。グラントらは、くちばしの長さ、高さ、大きさが食べ物をとる効率に影響することを、いろいろな餌を鳥に与えてみる実験によって明らかにした。
 さて、一九八二年の後半から一九八三年にかけて、ガラパゴス諸島は例年にない雨にみまわれた。降水量は二四○ミリで、過去五年間の平均降水量の十四倍の値である。
 この気候変化によって、この島ではサボテンがほとんど枯れてしまい、一九八四年には、サボテンの実はほとんど見つけることができなくなった。そのため同年から翌年にかけ、オオサボテンフィンチの食料は、木の皮の下に隠れている昆虫類と腐ったサボテンの葉肉だけになってしまった。
 それまでサボテンの種子を食べていた個体は、食べ物を得るのに苦労することになり、実際、特にサボテンの種子が激減した一九八三〜一九八四年には、それを主に食べていた、長いくちばしのオオサボテンフィンチの死亡率が高まった。また、一九八四〜一九八五年には、特に木の皮の下の昆虫をうまく食べることのできる、くちばしの高い個体の生存率が高くなった。ただしこれは、くちばしの高い個体の生存率が高まったということではなく、相対的にくちばしの低い個体の生存率が低下したためである。そのうえ、くちばしの高い個体は、長い個体より多くの餌を得ることで、体のサイズや活動性が相対的に高まり、雄はより多くの雌と交尾をすることができた。
 こうして、この島のオオガラパゴスフィンチの集団では、くちばしの長い個体が減り、くちばしの高い個体が増加したのである。

進化は遺伝によって完成する
 ただし、一世代の中でくちばしの高い個体の頻度が増加しただけでは、くちばしが進化したといえない。くちばしの高い親からは高い子どもが、短い親からは短い子供が生まれる、という遺伝的な傾向がなければ、進化は完成しないのだ。
 では、その遺伝の現状はどのように測られるだろうか。
 父親と母親のくちばしの高さの平均値と、その子どもが大人になったときの高さの平均値を比べてみると、その高さがどれくらい遺伝するかが分かる。同じ集団のどの親子を調べてみても、両親と子どものくちばしの高さが一致すれば、くちばしの高さはすべて遺伝するということになり、これを遺伝率が一であるという。それに対して、両親のくちばしの高さが子どもに何の影響も与えないときは、遺伝率は○である。
 前述のオオサボテンフィンチのくちばしの長さと高さの遺伝率は、それぞれ、○・五八と○・八二であることが分かっている。したがって、くちばしの高い個体が低い個体に比べて、より繁殖に成功すれば、次世代の集団では、くちばしの高い個体の頻度が増加することになるだろう。
 前年ながら、現実のオオサボテンフィンチの例では、次世代の子どものくちばしの変化はまだ発表されていないので、結果はここで述べることができない。しかし、これと非常によく似た例が、一九七七年の干ばつ時のガラパゴスフィンチでも観察された。そこでは実際に、くちばしの大きさや形状が世代を経て変化したことが記録されている。
 このフィンチの例は、世代を越えて遺伝する性質が変化したこと、つまり、生物進化を実際に示した例といえるだろう。

自然選択―何が原因で何が結果か
 ここで述べたオオサボテンフィンチの例から、自然選択によるくちばしの進化をまとめてみると、次のようになる。
 ^くちばしの高さと長さは個体によって異なり、その違いは食べ物の違いと関連していた。
 _くちばしの形状の違いは、次世代の残せる子どもの数に影響し、くちばしの高い個体は、低い個体に比べると、相対的に多くの子どもを残せる傾向があった。
 `くちばしの形状の差には遺伝子が影響しており、高いくちばしをもつ親からはくちばしの高い子供が産まれる傾向があった。

 この三つのプロセスがすべて実行されることが、自然選択が働くことであり、その結果、くちばしの高い個体が集団中に増えることになる。
 ところで、自然選択を考えるときには、「適応度」という概念が用いられる。適応度を示すにはふつう、個体が一生涯に残せた子どもの数を指標にして、他の個体との相対的な値を用いる。たとえば、高さ一二ミリのくちばしをもつ個体を平均すると、一個体あたり四羽の雛を残せたのに対し、高さ一○ミリのものは二羽しか残せなかったとき、前者の適応度を一、後者を○・五としたり、集団の平均値を一とおき(平均三羽であるとすると)、前者を一・三三、後者を○・六六としたりする。
 くちばしの高い個体は低い個体より適応度が高いというように、個体のもつ性質の差が適応度の差に影響するということが、自然選択が働く条件になっている。ここで注意したいのは、適応度というのは、個体が実際に結果として残せた子どもの数ではなく、ある性質をもつ個体がどれくらいの子どもを残せるのかという、統計的に想定できる期待値である。だから、高さ一二ミリのくちばしをもつ個体の中には、別の要因で子どもを残せなかったり、六羽の子どもを残すものもあるだろうが、平均すると四羽の子どもを残せると考えるのである。
 このように、ある性質の差が個体の適応度の差に影響し、それが原因で特定の性質をもつ個体が増加することを、自然選択による頻度変化という。
 オオサボテンフィンチの例で、自然選択によって頻度が増大していくのは、結局はくちばしを高くする遺伝子である。言い換えれば、自然選択の原因となるのは個体の適応度の違いであり、その自然選択の結果増加するのが、くちばしの性質(高いか低いか)に影響する遺伝子と
いうことになる。
 この自然選択をめぐる原因と結果の関係は、進化の要因を考える上で重要なので、間違いのないように理解したい。

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ダーウィンフィンチの研究は、上の原稿が書かれてからもさらにグラント夫妻らによって継続され2003, 2004年の論文で30年間の変化 についての結果が示された。コラム ダーウィンフィンチ30年間の進化

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