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6―DNAの適応

コピーされて増えていくDNA
 ある特定の遺伝子が増加するのはその遺伝子をもつ個体がより多くの子どもを残すためである。つまり、遺伝子は個体の繁殖にともなって増加するのだ。
 ところが、遺伝子やDNAの中には、個体の繁殖とは独立に増えていくものがある。重要な要点を書いた講義ノートが、コピーされて広まっていくような場合を想像してみよう。
 内容のよいノートは引き合いが多く、より多くコピーされる。さて、このノートの中にK・Yというイニシャルが書いてあり、「このノートをコピーする人は必ず、K・Yというイニシャルをノートの空白に五回書いてからコピーすること」という注意書きがしてあるとする。これが実行されれば、コピーのたびにK・Yというイニシャルはノートの中に五個ずつ増えていき、ノートの空白はK・Yという文字で満たされるようになる。もっとも、あまりK・Yが増えすぎると、読みづらくなり、そのノートがコピーされる機会は減るかもしれない。
 ここで、ノート自体を生物個体、ノートに書かれてあることを遺伝情報(DNAの塩基配列)にたとえることができる。ノートがコピーされることで、同じ内容をもったノートが増えていくように、子どもが増えていくことで、ふつうの遺伝情報は増えていく。ところが、K・Yという情報は、何の意味内容もないが、特別のシステムで複製していくために、ノートの中にも広まっていくし、ノートのコピーとともに別のノートにも広まっていく。実はDNAの中にも、このような配列が存在するのである。

利己的に繁殖するDNA
 ミニサテライトDNAという、非常に短いDNA配列がある。この短い配列は、一つの個体の中にいくつも同じコピーが繰り返し存在している。その数が個体によって変化している。これは、K・Yのようにみずからを複製させる機構のために、個体の繁殖によって集団に増加するだけでなく、その個体自体の中でも増えているからだと考えられる。
 先述のノートのコピーの例で、ノートが複製される原因(つまり講義内容)とは関係なく、K・Yは複製される。それと同様に、このミニサテライトDNAも個体の性質には影響していないようだ。ただし、あまり増えすぎると、個体の繁殖能力が低下して(つまり、K・Yが増えすぎて読みづらくなり、そのノートがコピーされる機会が減るように)、集団中で生き延びることができないので、個体に影響を与えない程度に増えているものと思われる。
 このようなDNAは、個体の繁殖とは別に、それ自体が個体の中で複製される機構をもっているので、「利己的DNA」と呼ばれる。
 利己的DNAといわれるものには、このほかにも「トランスポゾン」というものがある。DNAは二本の鎖となって長く折りたたまれて、タンパク質と結合して染色体に存在しているが、DNAの配列の中には、その鎖から抜け出して別のDNAの鎖に入り込んだり、もとのDNAはそのままで、コピーされたDNAが移動して他のDNA鎖に挿入するものがある。これがトランスポゾンである。
 トランスポゾンが生物個体にどのような影響を与えているかは、まだよく分かっていない。しかし、その多くは何も影響しないか、生存力や繁殖力の低下をもたらすものと思われる。個体の生存や繁殖にプラスに働いているわけでもないのに、それでもトランスポゾンが存在するのは、個体の繁殖とは関係なく、自分自身が複製して増加しているからであろう。いわゆる「寄生虫」のような存在なのだ。
 こうしたミニサテライトDNAやトランスポゾンは、個体の生存や繁殖を向上させるからではなく、自分自身の複製に有利な性質をもつために存在している。個体レベルではなく、DNAレベルではあるが、これもまた「適応」現象といえるかもしれない。

7―突然変異と適応進化の関係

突然変異は偶然か必然か?
 突然変異はランダムに起こるといわれる。つまり、環境に有利な変異が生じるかどうかは偶然である、というわけだ。
 今まで森の木の実ばかり食べていた鳥が、樹木のない草花ばかりの環境に移ったからといって、草花の蜜を吸うのに都合のよい細いくちばしになるような突然変異が起こるとはかぎらない。ランダムに生じた変異の中から、環境に対して有利な変異を自然選択が選ぶことで、特定の変異が広まっていくのだ。
 しかし、本当に、環境に対して突然変異はまったくランダムに起こるのだろうか。80年代後半から90年代にかけて、大腸菌の突然変異のランダム性をめぐって、活発な論争が展開された。
 大腸菌は、哺乳類の腸管に寄生する単細胞の生物だ。牛乳の主要成分の一つである乳糖を分解してエネルギーにすることのできない大腸菌を、乳糖ばかりの環境で培養してやる。そうすると、まわりが乳糖という環境が引き金となって、乳糖を分解できるようになる突然変異が生じるという。つまり、環境が、その環境でより生存や繁殖が向上するような突然変異を誘発する、というわけである。
 最近(2002年)になって、ヘンドリックソンらが、この現象は、環境が生存や繁殖が向上するような突然変異を誘発するわけではなく、「ランダムに生じた変異の中から、環境に対して有利な変異を自然選択が選ぶ」というプロセスと同じであることを示した。結局、いまのところ、環境が、その環境に適した突然変異を誘発するということはなさそうである。
 (コラム、適応的突然変異は誘発されるか?)。
 
突然変異の率も適応進化する
 突然変異の率が環境の影響を受けて変化することは、古くから知られている。
 たとえば、放射能や紫外線は突然変異の率を高める。最近よく言われるように、フロンガスによってオゾン層が壊されると、地上に届く紫外線の量が増え、癌になる確率が高くなることが予測されている。これは、紫外線が癌の発生に関連する遺伝子の変化を引き起こすためである。また、食物の中の成分(いわゆる発癌性物質と呼ばれるもの)も、同様に突然変異を誘発する。
 この突然変異の率に関して、次のような実験がある。
 ショウジョウバエにX線を照射してやると、突然変異の率が上昇し、産む子どもの数が激減する(突然変異の多くは生物個体にとって有害であるため)。しかしX線を照射し続けると、何世代か後には繁殖が回復した。これは突然変異の率が小さくなったためである。
 この現象は次のように考えられる。つまり、突然変異率を調節する遺伝子があって、X線が照射される環境では突然変異率を下げる遺伝子をもつ個体が有利になり、それが自然選択で広まったために起こったものと考えられる。このことは、突然変異の生じる率もまた、適応的に進化する可能性のあることを示している。
 
 以上、本章では、自然選択を主な要因とする適応進化の現象をみてきた。次章では、自然選択以外の進化の要因や、適応的でない進化、あるいはまた、進化の制約となっているものなどについてみていくことにしよう。

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