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2―ヘモグロビンの進化

ヘモグロビンの違いと生物の分岐
 
血液を赤くしている成分であるヘモグロビンは、酸素との結合力が強く、肺の毛細血管で酸素と結合して、体内のいろいろな組織に酸素を運んでいる。大人のもつヘモグロビンは、それぞれ二本ずつのアミノ酸からなるα鎖とβ鎖という鎖からできている(図18)。
 ヘモグロビンは脊椎動物すべてがもっているので、異なる生物のヘモグロビンを比較すると、ヘモグロビン自体がどのように進化しているかがわかる。
 たとえば、αヘモグロビンは百四十一個のアミノ酸が連なってできているが、ヒトとイヌのαヘモグロビンを比べてみると、百四十一個のアミノ酸のうち二十三個が異なっている。イモリとヒトを比べると六十二個、コイとヒトでは六十八個のアミノ酸が異なる。
 化石の年代などから、脊椎動物の分岐関係は次のように考えられている。つまり、過去にはヒト(あるいはイモリやイヌ)とコイの共通祖先となる生物がいて、それが別々の集団に分岐し、独立に進化し、その後、コイと分かれたもう一つの集団からイモリが別の集団として分岐し、さらにずっと後になってイヌとヒトが分かれた(図19)。
 この分岐関係と、前述のアミノ酸の違いを比べてみると、ずっと昔に分岐した生物の間でのアミノ酸の違いは大きく、比較的最近になって分岐した生物の間では小さいことがわかる。つまり、分かれずに一つの祖先生物でいたときは同じヘモグロビンであったものが、別々の集団に分かれてから少しずつアミノ酸組成が異なってくる。異なっていく速さがほぼ一定であれば、より昔に分かれた生物ほど、異なるアミノ酸の数が多くなっているだろう。

ヘモグロビンの進化は中立で偶然なもの?
 
では、そのようなアミノ酸の違いはどうやって生じたのだろうか?
 アミノ酸の配列は、DNAの塩基配列に対応している(DNAの塩基配列は、結合するRNAの塩基に写しとられる。そして、RNAの塩基配列をもとにアミノ酸がつなぎ合わされて、ヘモグロビンがつくられる)。
 アミノ酸の配列を次のような文字列、konoHEMOhaGLOiBINnanodaにたとえてみよう。この文字列は、中にある――HEMO―GLO―BIN――という文字の意味(つまりヘモグロビンと読めればよい)が変わらないかぎり、同じ機能を果たすとする。つまり「…ヘモ…グロ…ビン…」と読める部位以外の場所は、ヘモグロビンの機能上は役立っておらず、どんな文字でもよいし、「ヘモグロビン」読める部位も、他の文字に変化しなければ、大文字から小文字へ変化しても、同等の機能を果たせるものと考える。
 さて、この文字のうちどれか一つが突然変異で別のものに置き換わるとしよう、もし左から六番目のEがPに変わったら、このもじれるは「ヘモグロビン」の意味をなさず(つまり生存のための機能を果たさないので)、自然選択によって集団から消えてしまう。ところが左から九番目のhがpに変わっても、「ヘモグロビン」の機能は前と同じである。そうすると、この新たに生じた文字列が集団中に広まり固定されるかどうかは、自然選択を受けるわけではなく、ただ遺伝的浮動に左右される。同様に最後の文字列がaからBに変わっても、左から五番目のHがhに変わっても、新たに生じた文字列は以前のものと機能は変わらず適応度が同じなので、その頻度変化は遺伝的浮動によって決定される。
 このように、突然変異で新たに生じた性質と以前の性質の間に、適応度の差がほとんどないような突然変異を、「中立突然変異」と呼ぶ。そして、中立突然変異で生じた新しい性質のうち、運のいいものが、遺伝的浮動によって集団中に広まることになる。別々の集団では別々の突然変異が生じるので、その性質の変化は異なっている。だから集団が分かれてから時間がたつにつれ、その差は広がっていくだろう。前項で述べた脊椎動物のヘモグロビンも、この中立突然変異による置換プロセスで進化したものと思われる。
 しかし、ヘモグロビンの進化において、アミノ酸が別のアミノ酸に置換している現象のすべてが中立な突然変異によるわけではない。
 たとえば高地に生息するラクダの仲間、ラマのヘモグロビンは、他のラクダと比べて一箇所アミノ酸が置き換わっている。そのため酸素との結合力が高く、酸素の少ない高地に生きるラマの生存に、有利な影響を与えているものと思われる。同様に、ヒマラヤの標高九○○○メートル以上もの上空を移動するガンの一種は、他のガンと異なる、酸素との結合力の高いヘモグロビンをもっている。このガンやラマのヘモグロビン進化には、遺伝的浮動よりは、自然選択による頻度変化が関与しているのだろう。

進化の速度は突然変異まかせ
 
では、アミノ酸の置き換わりは、どのような速度で起こっていくのだろうか。
 アサガオの花の色の変化のところで述べたように、新しく生じた突然変異が遺伝的浮動によって集団中を占めるようになる確率(固定確率)は、集団の個体数が小さいほど高く、大きいほど低くなる。しかし一方、突然変異が集団の中で生じる確率は、集団が大きいほど高くなる。たとえば一個体あたり1/10000の確率で突然変異が生じるとすると、百個体の集団で一つの突然変異が起こる確率は1/100であり、一万個体の集団では必ずどれかの個体が突然変異を生じることになる。ただしここで、一個体あたり(正確には一配偶子一世代あたり)で突然変異が生じる率(=突然変異率)と、集団中に突然変異が出現する率を区別しておいてほしい。
 突然変異による新たな遺伝子が固定されて、元の遺伝子と置き換わっていく速度は、個体数の大きい集団では、固定確率が小さいために遅くなる分は、集団に現れる突然変異の確率が高いことで補われ、個体数の小さい集団では、集団に現れる突然変異の確率が低いために遅くなる分は、固定確率の速さで補われる。そのため、集団の個体数による影響は相殺されて、突然変異率によってのみ置き換わりの速度が決まることになる。したがって、一個体あたり1/1000の確率で突然変異が生じるときの置換の速度は、一個体あたり1/10000の確率で生じるときよりも十倍速いことになる。
 そこで、たとえば中立突然変異が何年かに一度起こるというように、一定の確率で生じるとすると、一定の時間に対して一定の割合でアミノ酸が置き換わっていく(図20)。また、中立突然変異が何世代かに一度生じるとすると、生物の世代数に対して一定に置き換わっていく。だから、もし世代数の短い生物であれば、置き換わりの速度は速くなるだろう。この中立突然変異率と進化速度の関係は、木村資生によって提出された「分子進化の中立説」の重要なポイントになっている。

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