| Previous Page - Page 22 - Next Page [ 目次] 第五章 大進化の機構 1―生殖隔離と種分化 大進化とは何か 三章、四章でみてきた進化は、生物の性質が変化して集団に広まっていくことであった。進化論では、しばしばこれを「小進化」と呼ぶ。 これに対して、新しい「種」や「属」が生じたり絶滅したりするプロセスを、「大進化」という。さらに、化石の調査などからわかる、非常に長い年月の間に生物の形態がどのように変化し、種類数がどう変化したのかという、進化の長期的な傾向もまた大進化という。あるいは、体の中に背骨のない無脊椎動物が脊椎動物に進化するというように、体の構造に大幅な変化が生じたり、一足飛びにはつくれないような複雑な性質が進化することに対して、大進化という言葉が使われることもある。 なぜ大進化という言葉をとりたてて区別しているかというと、集団内の生物個体の性質の変化である小進化のプロセスでは、新しい「種」の形成などの大規模な進化を説明することができないと考える人がいるからだ。 しかし、これまでみたように、突然変異、発生、頻度変化、置換のプロセスで説明のつく適応進化や非適応進化に分岐プロセス(二章参照)を考慮することにより、「新しい種の出現」という大進化も説明できるものと思われる。そこで、この章では、分岐プロセス、特に「種」の分岐がどのようにして生じるのかについて最初にみていこう。それに続いて、化石によって示される進化の長期的な傾向や複雑な性質の獲得など、いわゆる大進化と呼ばれる現象がどのような要因で生じるのかを考えていきたい。 生殖隔離したダーウィンフィンチ これまでにも紹介してきたダーウィンフィンチ類は、南アメリカ大陸や近くのココス群島から偶然に移住してきた鳥から進化したといわれる。もとの大陸の集団との分岐は、どのようなプロセスでなされたのであろうか。 ガラパゴス諸島ともとの大陸の環境は、明らかに異なっている。ガラパゴスには大陸と同じ種類の種子や花はないから、別の食物を効率よく食べられるようになった個体が有利になり、集団に広まっただろう。そうして、環境に応じた有利な突然変異が自然選択でそれぞれの集団に広まっていくうちに、互いに違う性質をもつフィンチに進化してきたことが予想される。 あるいはまた、たとえ環境が同じであっても、集団が違えば別の突然変異が生じているはずで、それらが遺伝的浮動によっておのおのの集団に広まった結果からも、二つの集団のもつ遺伝子は互いに異なってきたのだろう。 では、ある程度の期間が経過した後に、二つの集団の個体同士が出会った場合、両者はどんな関係をもちうるだろうか。 その場合、二つの個体は互いに交配をしないかもしれない。また、交配しても子どもをつくれないかもしれない。そのような状態になったとき、二つの集団の間には「生殖隔離」が生じたという。お互いに交配し子どもを残せる個体の集団を「種」とすることが一般的には多いので、このように二つの集団が生殖隔離されることを、「種分化」と呼ぶ。 この生殖隔離が起こるためには、必ずしも地理的に大きく離れている必要はない。実際、ガラパゴス諸島では島と島の間はたいした距離ではないにもかかわらず、ダーウィンフィンチ類の生殖隔離が生じているのである。 たとえばフロレアナ島は、サンタクルス島から南へ約五○キロ、イザベラ島から南東に約六○キロのところにあるが、ダーウィンフィンチという種は、このフロレアナ島にしかいない。 そのダーウィンフィンチと他島にもいるオオダーウィンフィンチは、もとは同じ種類だったといわれている(図3の10と11)。まずどこかの島からフロレアナ島に、ダーウィンフィンチとオオダーウィンフィンチの共通の祖先であった鳥が移住してきた。そのときはまだ両者は区別できず、お互いに交配可能であった。しかしフロレアナ島に移住したフィンチの集団は、もといた島の集団とは交流がとだえ、交配する機会がなくなった。そして時間がたつにつれ遺伝的な変化が蓄積され、もとの集団とは異なったものとなり、ダーウィンフィンチが誕生したのである。 一方、その間、もとの集団はオオダーウィンフィンチへと進化する。その後オオダーウィンフィンチの一部がフロレアナ島に移住したときには、すでにお互いの間で生殖隔離が達成されていて、両者は独立した繁殖集団として、同じ島に生息するようになったのである。 これが、オオダーウィンフィンチとダーウィンフィンチの分岐に対する一つの見方である。 「異所的種分化」と「同所的種分化」 しかし右の例で、オオダーウィンフィンチがフロレアナ島に移住することがなかったならば、生殖隔離が生じているかどうかには関わらず、二つの遺伝子交流集団(フロレアナ島のダーウィンフィンチ集団と、他島のオオダーウィンフィンチ集団)は別々のものとみなされる。地理的に隔離されている場合の二つの集団は、たとえ潜在的に交配が可能であったとしても、独立した進化の単位となるからである。 生殖隔離という機構が集団分岐プロセスとして意味をもってくるのは、オオダーウィンフィンチがフロレアナ島に移住してきたときのように、一度地理的に隔離された集団がふたたび出会ったときである。もしそれまでに生殖隔離が達成されていなければ、二つの集団の個体はふたたび交配し、一つの集団となってしまうだろう。ところが、すでに生殖隔離が生じていれば、二つの集団は依然、独立した集団として、別々に進化する可能性をもつのである。 そのようなケースは、地理的隔離の結果として生殖隔離が達成されるので、「異所的種分化」といわれる。生殖隔離が生じるプロセスの中では、この異所的種分化がもっともよくみられるものであるとされる。 しかし生殖隔離獲得のプロセスには、他にもケースが考えられる。たとえば、次のような場合を想定してみよう。 同じ場所に棲む繁殖集団中において、ある個体はAという食べ物を食べるのに有利なように、別の個体はBという食物に有利なように、性質が変化するべく自然選択が働いているとしよう。すると、次第に同じ集団の中に、異なる二つのタイプの個体(Aを食べるものとBを食べるもの)が生じてくるだろう。両者の個体同士が交配して子どもをつくると、その子どもはAという食物もBという食物も、どちらも効率よく利用できなくなるようなことがあるかもしれない。そういう場合には、タイプの違う個体同士では互いに交配しなくなるように進化していくことも考えられる。 このようなケースを、同じ生息場所の一つの集団が分岐していくので、「同所的種分化」と呼んでいる。 生殖隔離に形態や遺伝子の大差はいらない 次に、生殖隔離がなされた集団では、個体のもつ性質(形態)や遺伝子がどうなるかを、みてみよう。 ショウジョウバエでは、日周活動のリズムを変える遺伝子の存在が知られている。もしその遺伝子に突然変異が起こると、今まで二十四時間周期の活動リズムを示していたものが、十九時間になったり二十九時間になったりする。 そこで、生殖隔離していない二つの集団があって、そのうちの一方で活動時間帯がずれるような突然変異が生じ、集団中に広まっていったと想像してみよう。すると、交尾のために雌を探す雄の活動時間帯も変わるので、もう一方の集団の個体と遭遇して交尾する機会が失われるかもしれない。この場合には、時間的要因によって交尾が不可能になったわけだが、これもまた、二つの集団の生殖隔離がなされたことになる。しかも生殖隔離がなされるのに、たった一回の突然変異で十分だったわけだ。 このように、少数の遺伝子の差だけで生殖隔離が達成されるという例は、特に植物に多いようだ。 花をつくっている部位の形態や蜜を貯める器官は、わずかな突然変異で変化する。しかも、そうした器官の変化は、花粉を運んでくれる動物に影響する可能性がある。もし昆虫が特定の形の花に集まるとしたら、突然変異で形が異なってしまった花には、別の昆虫が花粉を運ぶことになる。つまり形が違った花の間では、生殖隔離がなされることになるわけだ。 この例でわかるように、生殖隔離が起こるためには、遺伝子上の違いは必ずしも大きくなくてもよいのである。 もう一つ、生殖隔離するためには、交尾行動や、子どもがつくれるかどうかに関する遺伝子が違っていればよい。形態がどれだけ違っているかということと、生殖隔離がなされているかどうかとの間には、必然的な関係はないのである。そのように、形態的にはほとんど区別できないが生殖隔離がなされているものと、「同胞種」といい、ショウジョウバエやその他の多くの動物が知られている。 なぜここで、生殖隔離と形態や遺伝的違いとの関係をうるさく書いたかというと、種が生じる(分岐)ということを、形態や生態的特徴や遺伝子が大きく変化することだと理解している人が多いからだ。実際には、生殖隔離があるかないか、形態的に異なっているかどうか、生態や行動が異なっているかどうか、そして遺伝的な違いはどれくらいかということの間には、比例的な関係があるとはかぎらないのだ。 進化に「種」は無用 「種分化」という言葉から想像すると、集団の間で生殖隔離が生じれば、種が生じたことだと思われるかもしれない。 そこで、地理的な障害のために二つの集団の個体が出会うことがなく、交配できない場合を考えてみよう。それを人為的に交配させ、子どもができたとする。さて、それなら両者は同じ種といえるだろうか。 人為的に交配できるからといって、自然状態で偶然に二つの集団の個体が出会っても、交配するとはかぎらない。自然の状態で個体の移動、交流が起こっていない二つの集団を、同種と するか別種とするかは、ほとんど恣意的になされている。しかし、現実に交配が起こっていないのだから、それらは別の遺伝子交流集団として、独立した進化の単位とみなすのが妥当であろう。 それに、一口に生殖隔離といっても、まったく子どもを残せないものから、産める子どもの数が少しだけ減るもの、交尾をすればふつうに子どもを残せるが、交尾を避ける傾向にあるものまで、いろいろである。 一方、別々の種として分類され、交尾をして残せる子どもの数が減少する(つまり生殖隔離が部分的に生じている)ような集団同士でも、一部の地域で分布が重なり合い、長年にわたって交配を続けている例が、カエル、バッタ、ハツカネズミなどの種類で知られている。このような交尾が生じている地域を、「交雑帯」と呼ぶ。交雑帯では互いに交配するので、ある遺伝子は一方の集団から他方の集団へと引き継がれていくことができる(遺伝子によっては、交流が阻まれているものもある)。したがって、別種と呼ばれる二つの集団でも、遺伝子交流集団としては一つの集団とみなされる。つまり、生殖隔離(潜在的に繁殖可能かどうか)の有無出定義した種は、進化を考えるうえでは有効な単位にはなっていないのである。 ここで、「種とは何か」について、ふたたび付け加えておこう。私の考えでは、進化を考えるときに「種とは何か」を考えることには意義がない。その時々で問題にしている集団が、潜在的に生殖隔離をしている集団なのか、実質的遺伝子交流集団なのか、同じ形態をもった個体の集団なのかなどを明らかにしておけば、「種」という言葉を持ち出さなくてもよいのだ。 次説で述べるように、実際には形態によって分類している化石種を、あたかも生殖隔離集団であるかのように扱っているために生じる誤りなども、この”種崇拝”の困った例といえるかもしれない。
|
|||