| Previous Page - Page 24 - Next Page [ 目次] 3―新しい複雑な性質の獲得 眼はどうやってできたか 最後に、複雑な性質や、哺乳類における「哺乳」のように、大きな生物分類群を分けるときに使われるような特徴的性質が獲得される、「大進化」のプロセスを考えてみよう。 小さな突然変異ではできそうにない性質や、一見したところ徐々につくられたとは考えにくい複雑な性質は、どのように進化したのだろうか。 おそらくもっとも簡単な回答は、一見そうは思えなくとも、やはり実は徐々につくられたというものである。 たとえば眼は、網膜、レンズ、水晶体、毛様筋などの構造が集まって初めて見るという機能を果たす。一度の突然変異で、これらのものが同時に生じるということはまずないだろう。 もちろん眼は一度で生じたわけではなく、徐々に進化してきたものだ。 おそらく、眼の最初の段階は、単に光を感じる神経が表面の一部に集まっただけのものだろう。その表面の部分が陥入してくぼんだ状態が、次の段階である。 これは、プラなリアなどの扁形動物がもっている「眼」(眼杯)と同じである(図28A)。くぼんだところに光を感じる細胞があるため、光の方向などを感じるのにも都合がよかったと思われる。 そのくぼみが大きくなり、光がくぼみに入っていくる穴が小さくなるにつれて、光の方向や物体の形をより正確に知覚できるようになっただろう。そうしてできたのが、オウムガイがもつレンズのないピンホールカメラのような眼(図28B)か、ある種の節足動物がもってるような眼(図28D)だ。後者は、くぼみは角膜という透明の膜で被われ、そこで光が屈折する。 また、ある種の貝にみられるように、光が一度反射鏡で反射し、網膜に集まるというタイプの眼(図28C)もある。 他方、魚類のように水中で生活しているものは、角膜とそれに囲まれる透明な物質だけでは、光を屈折させることができない(角膜の外も水であるために光が屈折しない)。そのために、光を調節するためにはレンズが必ず必要になる(図28E)。このように、ピンホールや角膜だけで光の屈折を調節している段階から、レンズができることにより、我々がもっているような眼(図28F)に進化していったものと思われる。 ここで、二章で述べたトランプの例を思い出してほしい。ランダムに五枚とって、それがすべて同じ数である確率は小さい。しかし、一枚とって手のうちと比べ、カードが以前より少し揃っていればその新しいカードと交換し、そうでなければ、以前のカードのままにしておくという手順を繰り返せば、比較的早く同じカードが揃うだろう。 複数の眼の部品が一度に生じる確率はほとんど0に近いが、くぼみが増した状態がくぼみの浅い状態より個体の生存や繁殖に有利になるのなら、それが自然状態によって集団に広まり、さらに少し有利な変化が集団中に広がっていくという過程が繰り返され、結果的に非常に複雑で適応的な性質がつくられる可能性は充分ある。 ただし、自然選択が働けば必ず現在のような眼に進化する、というわけではない。トランプで我々は、カードを揃えるのに初めから1を四枚揃えようとしているのではなく、引いてきたカードに応じて前より1ステップ揃うようにカードを換えていく。したがって、結果的に1が揃うのか2が揃うのかはわからない。眼の進化も同じで、初めから現在のような眼になるようにプログラムされているわけではない。途中の段階で別の有利な変異が生じたとしたら、別の眼の形態に進化していたかもしれないのだ。 複雑な適応的性質の進化には、集団の中に適応度の高い変異が生じたときに、随時それを選択し固定していく過程を繰り返すという、置換プロセスが重要な役割を果たしているものと思われる。 「哺乳」類ができるまで 次に、本節冒頭の問いへの二つめの回答は、今まであった材料を寄せ集めて新しい複雑な性質を進化させる、という説明である。これは、今まで別の機能を果たしていたもの、あるいは何も機能をしていなかったものなど、いくつかの性質を組み合わせて、まったく別の性質に進化させるものである。 例として、「哺乳」の進化を考えてみよう。 ミルクを子どもに与える哺乳という性質は、哺乳類を他の動物から区別する主要な特徴である。 カモノハシなど単孔類と呼ばれる哺乳類は、最も単純な哺乳様式をもっている。乳腺は腹部に無数の穴となって開口し、子どもは穴からにじみ出る乳をなめる(図29)。しかし、獣類と呼ばれるその他の哺乳類では、乳腺は一つに集まって乳頭に開口し、子どもは乳頭を吸えば一度に多くの量の乳を飲むことができる。 このような哺乳が進化するためには、乳腺の発生、乳頭の形成、乳頭などの乳成分の生成、そしてホルモン作用による乳の分泌と乳生成の促進、そして乳を与えるという哺乳行動が、一緒に働くようにならなければならない。 まず乳腺は、汗を出す汗腺、あるいは皮膚をべとつかせる皮脂腺から進化したと考えられている。 では、乳腺が一つに集まって乳頭を形成するような変化は、どのように起こったのだろうか。ヒントになりそうな実験がある。マウスの乳腺の上皮細胞と唾液腺の細胞を一緒にして成長させてやると、形態的には唾液腺ができるのだが、それをつくっている細胞は乳腺細胞で、分泌したものは乳であったという。つまり、どんな細胞でできているかということと、その細胞が集まってどんな器官や組織をつくるかということは別ということだ。したがって、乳腺細胞ができた後で何か遺伝的な変化が起これば、その乳腺細胞を使って、新しい器官形態をつくることは可能なのである。 次に、乳の成分としては、乳糖が栄養源として重要だ。この乳糖の生成には、αラクトアルブミンというタンパク質が関与しているらしく、ある酵素があると、αラクトアルブミンはタマネギからでも乳糖を生成することができるという。このαラクトアルブミンをつくる遺伝子は、もともと別の役割を果たしている遺伝子のDNAの塩基が一つ突然変異をするだけで生じるのだ。 また乳成分の生成だが、プロラクチンというホルモンが働くと、乳腺の中の細胞で乳タンパクの生成が促進される。実はこのプロラクチンというホルモンは、哺乳類以外でも使われている。たとえば熱帯魚の中でも高価なディスカスという魚の親は、稚魚に粘液を分泌して栄養を与える(図30)。またハトなどでは、食道に続いてそ嚢という器官があり、ここではそ嚢乳というものが作られ、雛に口移しで与えられる。このディスカスの粘液やハトのそ嚢乳の分泌にも、プロラクチンが関与しているのだ。もともとプロラクチンは細胞の分泌機構に関与しているらしく、初期の哺乳類においても、もともとはこの細胞からの分泌物を子どもが飲んで脱水を防ぐ、という役割を果たしていたのではないかといわれている。 このように、乳腺、乳成分の生成、乳腺の分泌機構などは、それまで別の機能を果たしていたものが変化してできたものであり、さらに、哺乳行動はもともと子どもの脱水を防ぐためか、あるいは保温のための行動だったものが、その後「哺乳」行動に進化したしたものと思われる。そうやって、それらの従来ばらばらに機能していた器官や形態や行動が、少しずつ選択され組み合わされた結果、現在の哺乳様式のような高度な性質が獲得されたのである。 寄せ集め進化の遺伝的しくみ 今まで別の機能を果たしていたものの一部を取り込んで、新しい複雑な性質が進化するためには、どのような遺伝的変化が必要だろうか。 生物が次世代に伝えるDNAの中には、同じ遺伝子のコピーがいくつも存在していることはすでに述べた。それらの中には、現在、何の働きもしていないものがある。そのような遺伝子が変化して、新しい機能を持つようになることがあるだろう。また、現在使われている遺伝子がコピーされ、重複してできた遺伝子は別の性質をつくるために作用する、ということがあるだろう。 また遺伝子の中には、どの遺伝子を働かせ、どの遺伝子を働かないように抑制するのか、ということに関わっているものもある。このような遺伝子が変化すると、たった一つの変化でも、それがコントロールしていた一群の遺伝子の組み合わせを変化させたり、それまでとは違う新しい性質をつくるのに参加させたりすることが可能かもしれない。 複雑な新しい性質が具体的に遺伝子のどのような変化によって生じたのかは、まだわからないことが多い。しかし、DNAの働きや生物の発生への関与を調べる分子生物学の発展によって、これから少しずつ解明されていくことだろう。 Previous Page - Page 24 - Next Page [ 目次] |
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