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 2―日本社会と今西進化論

今西錦司が残したマイナス
 カゲロウは地理的な違いによって、あるいは棲み場所によって、種ごとに生活の場を違えている。京都大学の今西錦司はこの発見から「すみわけ理論」を提唱したといわれている。
 棲みわけ理論の特徴としてしばしば強調されるのが、すみわけの原因が個体間の競争ではなく、生物の種の間の協調的な側面にあるという点である。そこから、ダーウィンの競争原理に対して平和共存の進化論を主張した、といって今西は紹介されることが多い。
 今西進化論に対しては否定的な見解をとる人でも過去の今西の生態学における役割(すみわけ理論やニホンザル研究の推進など)を高く評価する人は少なくない。そのためか、今西理論が進化生物学や生態学に与えたマイナスの面については、あまり語られていない。また、今西進化論の妥当性については疑問をもっていても、その進化論のもとになっている思想や哲学を高く評価している人も多い。
 しかし私は、生態学や進化論において今西の「オリジナルな理論的貢献」はまったくないと考えている。「霊長類学の推進」といった点に対してはもちろんプラスの面(学術雑誌をつくったり、多くの研究者を育てた)もあるが、それを語るのなら、同時にマイナスの面(たとえば、日本において健全な生態学や進化理論の発展が停滞した)もとりあげなければならない。
 今西進化論のマイナス面は一般にほとんど取り上げられていないので、本書では、今西進化論が進化理論としては通用しないこと、また今西の思想についても危険な面があること、さらに、今西の思想や進化論がなぜこれほどまで人気を得たのかという点について、述べていきたい。

「調和」とは管理統制か?
 今西の考えのもとになっている概念は、「種社会」という概念である。これは、これまで本書で述べてきた「種」とは違って、今西の特異な概念である。この概念が今西の仕事のすべての基盤をなし、彼は、この種社会の概念にあてはまるように自然を解釈していったのである。
 今西のいう「種」とは、生物としての究極的な構成単位であり、無生物でいうなら元素に相当するという。したがって、種は必ずはっきりと区別できるものであるとされる。また、その種は進化する単位であり、さらに生活様式の違い(形態や生態)としても認識される。実は、この定義だけですでにこの種の概念は、実際の生物にあてはめることが出来ず、破綻をきたしている。
 今西の種社会という概念でもっとも大きな問題となるのは、種はそれ自体を維持しようとしたり進化しようとするものであり、種が個体を統制している、という点である。今西理論においては、個体は常に種のためにつくられるのである。
 種と個体の関係を今西がどう述べているか、紹介しよう。
 「種を構成している個体の中で、どの個体が死に、どの個体が生き延びても、種が変化をきたさないように、種の個体はこの点ではじめからどれも同じようにつくられている」「必要もないのに個々の個体が勝手な変化を起こすというのは、種社会の統一を破り、その秩序をみだすことになる。したがって、そのようなことは健全な種社会においては、なんらかの工夫によって阻止されていなければいけないのである」(『動物の社会』思索社)。
 また今西は、種社会はさらに上のレベルにある種全体社会の一員として、規制を受けるという。
 もっとも、今西は「種による統制」という言葉は使わずに、「個体と種がばらばらになるのではなく、調和的に全体と個体の関係がある」というような表現をすることが多い。しかし今西の「調和的」というものは、個体がみずからの利益を考えた結果として個体同士が協調的になる(これなら現実的にありうる話であるが)という意味ではない。全体として調和を保つためには、種が個体を統制し、抑圧する機構が必ず必要になるというのである。
 このように、種による個体の統制機構がなければ、今西の種社会の概念は存在しえない。そして、この種社会の理念に基づいて、彼の進化論も組み立てられている。つまり、個体はある程度の自由は認められているが、究極的には種の統一を守るようにふるまう。しかし、環境が変わり、環境との間にアンバランスが生じるようになれば、種は個体をコントロールし、変化させるのである。これが今西進化論の有名なフレーズ、「種は変わるべきときに変わる」ということになる。そこでは、進化するかどうかは種の主体的な意思によるものなのである。
 今西進化論はまた、競争を否定することから、「平和共存」という言葉で表されることがある。しかし今西理論によると、一見調和のとれた社会のようにみえるのは、種が個体に対して統制をかけて、管理しているからであるということに他ならない。
 三章でも述べたように、個体が「種」の存続や維持のために存在することは、理論的にも、また最近の動物行動学からの観察からも、不可能に近い。
 第一、今西理論が示唆するように種自体が個体の行動や変化を規制するためには、種という存在の主体的な判断や情報を個体に伝達するか、あるいは、個体は常に自分の属する「種」を知っていて、個体の中にある「種に自分を捧げるための指令」に規制されて行動するというような機構がなければならない。しかし、種の主体的判断ということ自体、現実の生物で思い浮かべるには無理があるし、まして、種の判断を種に属する個体すべてに伝える機構や個体のふるまいを規制する「指令」の存在は、論理的に不可能である。

今西にみられる京都学派の系譜
 では、この今西進化論は何を基盤にして考え出されたのであろうか。
 戦前に大東亜共栄圏(大東亜共栄圏とは、中国や東南アジア諸国を欧米帝国主義の支配から解放し、日本を盟主に「共存共栄」の広域経済圏をつくるという思想であり、第二次世界大戦の名目に利用された)を正当化し、太平洋戦争を美化した西田幾多郎、田辺元らの京都学派、また、類似した思想を主張した和辻哲郎の思想と今西の思想は同じ系譜に連なるものと思われる。
 日本の生態学の指導的立場にある伊藤嘉昭は、「私は戦後まもなく西田の『絶対矛盾自己同一』を読み、ついで『生物の世界』[著者注:今西の一九四一年の本]を読んで、論理の類似に驚いた記憶がある」と書いてある。また、京都大学の上山春平も、「『生物の世界』という著書は、明瞭に西田幾多郎の生命哲学の発展形態とみてよいのではないかとさえ思われる」(『日本の思想』サイマル出版会)と述べている。さらに最近では、浅田彰は今西の「種社会の論理」が田辺元の「種の論理」や京都学派の全体論と同じ系譜であることを指摘している(『文学界』一九八九年二月)。
 田辺によると、「種」は個人と人類の間に位置するもので、個人を強制したり否認したり、「個人の自発的服従を強要」したりするのだが、逆にまた、全体によって否認されることもある。この田辺の場合の「種」とは国家や民族であり、全体とは世界である。これは今西の個体―種社会―種全体社会の関係と類似している。また和辻は『倫理学』の中で、全体は個人が存在することで成り立ち、逆に個人も全体の存在かで存在でき、しかも全体は個人より優位な立場にあるとする。これは今西の、種と個体の関係は二にして一つとしながらも、重要な現象の主導権は種が握っているという考えとよく似ている。
 慶応大学の岸由二は、今西の種概念と田辺元の種の論理の類似性を指摘し、田辺の種の論理について「世界(全体)を強調することでむき出しの全体主義的な戦争路線を批判し、全体の中での諸民族の調和をアピールした種の哲学は、他方では個に対する種(国家)の優位を強調することで全体主義の時流に迎合することもあったが、当時の知識人たちの間では大変な人気を得たといわれる」と述べている(『進化論を愉しむ本』JICC出版局)。さらに岸は、「今西が、ごくごく周辺でこのような全体論の論調や用語に影響されなかったと考えるのは不自然だろう」としている。
 生活の場においてお互いが別々の生活を営みながら、種社会や種全体社会として統一のとれた調和的な世界が保たれるという今西の「すみわけ理論」や今西進化論は、右に述べた京都学派の思想の水脈から導き出されたものであるといってもいいのではないだろうか。
 ところで、個体より種を重視する今西や西田の全体論哲学は、日本の独自の思想なのだろうか。西田自身も述べているように、彼らの生命観は当時、西洋で一種の流行となっていた全体論(ホーリズム)の思想と変わりなく、もともとは西洋思想から生まれたものといえるだろう。
 ところが、日本では、自然を全体的、調和的にとらえるのが東洋思想や日本独自の思想であり、ここの要素に力点をおく粒子論的な見方が西洋思想であるという見解がつくられていったのだ。

「調和共存」が孕む全体主義の芽
 今西進化論が日本でこれほど人気を得た理由は、どこにあるのだろうか。
 西田ら京都学派の哲学は、明治以来の西欧化、合理主義、個人主義、自由主義などを克服するものとして登場し、日本独自の文化の優越性を強調したものであった。これは戦前の話であるが、戦後になっても様々な形で、欧米思想の流入に対する反発がみられる。
 その一つが、一九五○年代のマルクス主義者などのように、アメリカを帝国主義として批判し、日本の文化や民族の独自性を強調する動きである。もう一つは、一九七○年以降特に顕著になった、日本古来の文化に立ち戻ろうとする動きや、科学主義を見直していこうとする動きで、いわゆる「ポスト・モダン」思想につながるものである。
 このような風潮の中で、日本独自の優れた思想として、今西進化論がもてはやされるようになる。上山は、今西とダーウィン進化論の根本的な違いを、個体主義か全体論か、また競争か共存かの選択肢のどちらをとるかであるとしている。つまりダーウィン進化論は個体主義、競争を選び、今西進化論は全体論と共存を選ぶというのである(実際はダーウィン進化論は競争も共存も説明している)。
 こうして、今西進化論が日本独自の進化論であり、その進化論が欧米の思想から生まれたダーウィン進化論を否定するという構図がつくられ、日本においては人気を得たものと思われる。岸は「今西進化論で最も目をひくのは、今西進化論が一貫してナショナリズムの構図の中で主張され、宣伝され、受け取られてきたことであろう。……日本独自の進化理論が、アングロサクソンの進化論と対決し、前進しつつある、その現場にいまわれわれは立ち会っているというナショナリスチックな臨場感が今西ファンを魅了したことも確実だろう」と指摘している(前掲書)。
 さらに、最近では日本が経済的に世界の強国になってきたことを背景に、国際社会の中で日本本来の「優れた」思想を広めることが重要である、という超国家主義的な主張さえ台頭するようになり、このような思想にも今西進化論は利用されるようになった。
 たとえば一九八五年、当時の中曽根首相の音頭取りで、国際日本文化センターというのもが計画された(一九八七年に発足)際、中曽根は「外国からの思想を全部クリアーにしたうえで、日本のアイデンティティーというものはこれだ、というものをつくる」という趣旨を述べている。そして日本の独自性をもっている人々として、今西錦司、上山春平、梅原猛、梅棹忠夫らの名があげられたのである。
 彼らに比較的共通することは、共存、調和、協調的、和といった思想を、日本の独自思想として評価している点である。国際日本文化センターの所長である梅原は、あまり実証的な根拠もなく、「和」の思想が日本で生まれた最も優れた思想であるとしている。しかし、大東亜共栄圏が共存共栄という一見平和的なイメージで広められたのと同様に、今西進化論の「調和、共存」や梅原の「和」の思想の基盤は、調和とか共存とかいう言葉に隠された、「個体に対しての種(国家)の優位性」という全体主義の芽を孕んでいることは認識しておく必要があるのではないだろうか。(「日本の独自性」論や「日本のアイデンティティー」論は、国民を統制・規制するための日本のアイデンティティー=皇室・天皇」という思想とつながっていることについては、岩崎允胤編『文化の現在』―三省堂―にも指摘されている)
 以下に引用するのは、『人類の周辺』(筑摩書房)の中の今西の言葉である。
「いまは国家のすみわけ時代である。平和も人権も、国家の手中に握られている、といえないことはない。……要するに国家がコントロールできないかぎり、人類の一体化も、平和も、人権もお預けである。ひとびとはもはや宗教のためには血を流さないかもしれないが、国家のためだったらいまでも血を流さねばならないのではないか。それはひとびとのアイデンティティの濃さの問題である。世界人類にたいするアイデンティティよりも、国家にたいするアイデンティティの方が、はるかに濃いという現状認識から、遊離してはいけない」

進化論は社会とどう関わっていくべきか
 生物の進化的な事実や理論から、人間社会の価値観やモラルを直結させるのは誤りである。しかし、我々人間の価値観が、生物学的な事実によって影響を受けざるを得ないのも確かである。米本は、社会ダーウィニズムのような進化論的倫理が生じてきたのは、キリスト教的世界解釈に対する代案として生まれてきたもので、それは自然科学主義に結びついているという。ここで、自然科学主義というのは、唯物論、自由思想、合理主義などと呼ばれた哲学的な傾向をいう。さらに彼は、ナチズムの優生学などの政策もまた、非合理的なものではなく合理的な政策から生まれてきたことを強調している。
 このことは、科学の発展が必ずしも人間にとって好ましいものではないことを示しているだろう。しかし、科学に対する過度の不信感は逆に、盲目的な神秘主義や宗教、非合理主義を助長する結果にもなる。私はこのような神秘主義が復活するのは好ましいことではないと思う。歴史的にみても、一見論理的なようで実は誤った思想を批判してきたのは、神秘主義ではなく、論理的な思考に基づく思想であったことを忘れてはいけない。
 これまで特に進化論が悪用されてきたのは、進化論そのものが主な原因というよりは、十九世紀の終わりから二十世紀にかけて台頭してきた国家主義、人種主義という思想が根本的な原因である。我々は科学のもつ危険性を明確にすることはもちろん重要であるが、それを悪用しようとする思想の台頭をこそ批判すべきなのである。
 特に日本においては、人々の思想は、論理的な思考や科学的な思考あるいは合理主義などよりも、神秘主義、民族主義、国家主義などに傾きがちだ。そのため日本の国家主義は、人々に一方的な価値観を強制する傾向が強い。一九九一年から施行される小学校学習指導要領の道徳の項目には、「自然の力を超えたものに対する畏敬の念をもつ」という文がある。自然に対する探求心ではなく、超越的な存在に畏敬の念を抱くことを子どもに教えることが、果たして適正な教育といえるだろうか。同じ道徳の指導要領には、「日の丸」や「君が代」を強制する項目が並ぶ。「超越的に存在に対する畏敬の念」という「神秘主義的」な教育が、ものごとを論理的に考える力を弱め、天皇や皇室に対して無条件の敬意を強制したり、国家の意図通りに働く人間を育てることにつながる可能性はないだろうか。
 科学的あるいは論理的な思考といわれるものが、必ずしも正しい事実や社会への指針を提供するとはかぎらない。それは、近年の科学批判の中でさんざんいわれてきていることである。しかし、生物や人間がどのように進化してきたのかを科学的に考えることは、個人個人がそれぞれの価値観を見つけるうえでの参考資料を提供することにはなるだろう。そのためには、人間がどう生きるべきかという選択と科学の成果を切り離すことが重要である。また、誤った進化論的倫理観や生物学的倫理観を論理的に批判していけるような状況をつくっておくことも、我々には与えられた重要な課題である。
 生物学的には「生きる意味」というものは存在しないが、人間個人個人にはそれぞれ異なる「生きる意味」が存在している。それは個人が生きていくという過程を通じてみずからが考えて見つけるものであり、他人から強制されるべきものではない。社会や国家の発展のために個人が存在しているのではない。多様な価値観をもつ個人が共に生活できるようにするために、国や社会は存在しているのである。

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