一夫一妻制と一夫多妻制の違いを引き起こす遺伝子


このコラムはシリーズ「進化学」(岩波書店)の第6巻、第1章の原稿の基になっています。


多くのほ乳類は、一匹の雄が複数の雌と交尾をする一夫多妻制であったり、あるいは一匹の雄は複数の雌と交尾し、さらに一匹の雌も複数の雄と交尾をする乱婚制であったりする。1匹の雌と1匹の雄がペアをつくり、雄が子育てを手伝うという一夫一妻制は、ほ乳類の中では
3% 以下にすぎないといわれている。ここでは、このような社会行動の違いはどのような遺伝的な違いによって引き起こされるのかについて紹介しよう

 尻尾が比較的短く、草原や森林に生息するハタネズミあるいはヤチネズミと呼ばれるネズミの仲間がいる。日本では、エゾヤチネズミなどがその仲間として知られている。この仲間は、種や個体群によって、多様な社会構造をとることが知られている。アメリカに生息するプレーリーハタネズミ ( Microtus ochrogaster ) は、一夫一妻制をとるのに対して、近縁種のサンガクハタネズミは ( M. montanus ) 一夫多妻制である。プレーリーハタネズミの雄は、パートナーとなる雌と同じ行動圏をもち、同じ巣を共有する。また、その一匹の雌と交尾をするだけでなく、生まれた子どもの世話し、侵入者を追い出したりなどの防衛行動もとる。一方、サンガクハタネズミは、雌は縄張りをもつが、雄は複数の雌の行動圏を動き、複数の雌と交尾をする。交尾後、雄は、交尾をした雌のところにはとどまらず、子供の世話もしない。一方 , 雌は子供が生まれた後、すぐに発情が訪れ、別の雄と交尾をし、子どもを授乳している間に、おなかの中には、別の雄の子供が育っているという状況になる。

 このように一夫一妻制の行動には、交配行動、雄の子供の世話、パートナーに対する選好性、侵入者に対する雄の攻撃性、雄と雌が巣を共有するという他個体とのコンタクトの許容などといった一連の行動が含まれる。一夫一妻制と乱婚制の行動の違いには、神経内分泌ホルモンであるオキシトシンとバソプレッシンが関係している。一夫一妻のプレーリーハタネズミでは、脳内でのオキシトシンの放出は、雌が交尾をした雄といっしょにいることを好むことを助長し、バソプレッシンは、雄が同様に交尾をした雌といっしょにいることを促進したり、子供の世話をしたりすることを促進する。しかし、乱婚制を示すサンガクハタネズミでは、オキシトシンもバソプレッシンも違った行動を促進する。たとえば、サンガクハタネズミの雄はバソプレッシンによってグルーミングが促進される。

 この神経内分泌ホルモンの構造自体は、一夫一妻制を示す種とそうでない種では違いがなく、このホルモンをつくる遺伝子の違いが交配システムに影響しているのではない。インセルらは( Insel et al. 1994 )は、オキシトシンとバソプレッシンが結合する受容体の脳内での位置を調べたところ、特にバソプレッシンの受容体 (V1aR) の分布が異なることを明らかにした。一夫一妻制のプレーリーハタネズミのバソプレッシンの受容体 (V1aR) は、腹側淡蒼球( Ventral pallidum )と呼ばれる領域に多く分布していた。腹側淡蒼球は前脳腹側領域と中脳辺縁ドパミン報酬経路内に位置する。このような受容体の分布は、同様に一夫一妻制であるアメリカマツネズミ ( M.pinetorum ) にもみられるが、乱婚制をとるサンガクハタネズミやアメリカハタネズミ ( M . pennsylvanicus ) にはそのような分布がみられない。また、同様に、一夫一妻制のシカネズミやマーモセットにおいて、腹側淡蒼球は前脳腹側領域に多く分布するという。これらのことから、脳内でのバソプレッシン受容体の分布と一夫一妻制との関係は、プレーリーハタネズミだけでなく、ヒトも含めたほ乳類全般に当てはまる可能性もある。

  ヤングらのグループ (Lim et al. 2004) は最近、実験的に、乱婚制をとるサンガクハタネズミのオスの腹側淡蒼球に、ウイルス性ベクターをつかって、バソプレッシンの受容体 (V1aR) 遺伝子を導入した。その結果、オスはメスと身を寄せ合う時間が増加し、さらに、そのオスは子どもの世話をするようになった。この実験の結果から、明らかに、バソプレッシンの受容体 (V1aR) が腹側淡蒼球に多く分布しているということが、ペアがいっしょにいる時間を増大させ、さらに雄が子どもの世話をする行動を促し、一夫一妻制を引き起こしているといえる。これは、 V1aR がドパミン報酬経路にあることと関連しているようだ。中辺縁系ドパミン経路は食物やその他の報酬に対しての本能的動機に重要だと考えられている。バソプレッシンが放出されることで、ドパーミン報酬経路が活性され、それによって、パートナーであるメスに体する選好性をもたらしていると考えられている。

 それでは、どのような遺伝的な違いが、脳内の受容体の分布を変化させたのだろうか?バソプレッシン受容体 (V1aR) の遺伝子を、プレーリーハタネズミとサンガクハタネズミで比べてみると、受容体自体をコードしている遺伝子の領域に、両者の間で違いはないが、その遺伝子の上流といわれる部位に違いがみられる (Young et al. 1999) 。遺伝子は通常、その DNA の配列から RNA に転写されアミノ酸に翻訳され、タンパク質が作られる。タンパク質がどこで、いつ作られるかは、そのアミノ酸に翻訳される DNA の配列の上流といわれる部位によって調節されている。プレーリーハタネズミの V1aR の遺伝子の上流部位には、マイクロサテライト DNA と呼ばれる繰り返し配列が挿入されている。この部位を含めた V1aR 遺伝子を、ハツカネズミに入れてやると、オスはペアのメスといっしょにいる行動が長くなった。従って、 V1aR 遺伝子の調節領域の変化が個体の行動を変える部位であると考えられる。このマイクロサテライト DNA は、通常より高い率で突然変異を起こすことが知られているので、比較的頻繁に、乱婚制、一夫多妻制から一夫一妻制の行動へ、またその逆の突然変異が生じる可能性がある。オスが一匹のメスと長期間ペアを維持し、子どもの世話をした方が、他のメスを探して交尾をするよりも多くの子どもを残せるような環境に生息する集団の中の個体に、この領域での突然変異が生じた場、この遺伝子をもった個体は集団の中で増加していくだろう。ただし、ハタネズミの間でみられる一夫一妻と一夫多妻制の違いには、別の複数の遺伝子も関与していると思われている。しかし、一つの遺伝子によって大きな違いが引き起こされた後に、別の複数の遺伝子が関与して、交配システムに関わるその他の形質が徐々に進化していったと考えることができる。

  これらの一連の研究は、行動の進化の研究に多くのことを示唆してくれる。一夫一妻や一夫多妻制といった交配システムは、ペアとの絆、オスの子どもの世話といった複雑な社会行動によって成り立っている。しかし、そのような複雑な行動も、 DNA に生じる小さな変化によって変化しうるということを直接的にこの研究は示したことになる。 70 年代、 80 年代に、行動生態学の分野では、交配システムを引き起こす個体の社会行動に遺伝子が関与し、自然選択よって進化することを盛んに議論してきた。しかし、社会行動における遺伝子の関与をもっとも強く主張してきた行動生態学者にしても、複雑な社会行動の違いにが、 DNA の一カ所の違いで引き起こされる可能性があるとは、予想していなかっただろう。 

 また、ヒトなどほ乳類の行動は、高度に発達した脳や神経システムによって引き起こされるので、遺伝的な関与は少ないと考える人も少なくない。しかし、この研究では、脳の構造や神経回路の形成に関わる遺伝子の違いによって、行動の大きな変化が起こされることを示している。最近の様々な研究で、遺伝子の違いがヒトの行動の違いを引き起こすということが示されてきている。 ヒトの社会は、その多くが一夫多妻制であるといわれている。多くの人類学者や社会学者はこのようなヒトの行動や婚姻システムは文化や環境がつくりだしたもので、遺伝的な影響があることは否定することが多い。ヒトの婚姻行動が、ハタネズミと同じであるかどうかはわからないが、少なからず遺伝的な影響を受けていることは否定できないだろう。

Young, L. J., Nilsen, R., Waymire, K. G., Macgregor, G. R. and Insel, T.R. (1999): Increasing affiliative response to vasopressin in mice expressing the V1a receptor from a monogamous vole. Nature 400,767-768.
Lim, M. M., Wang, Z., Olazabal1, D. E., Xianghui, R., Terwilliger, E. F. and Young, L. (2004): Enhanced partner preference in a promiscuous species by manipulating the expression of a single gene. Nature 429 , 755-757.

 

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